[349]自分の母親を伴っての旅行の勧めTravel recommendations with my mother

投稿日時:2018年12月05日  カテゴリー:自分史  タグ:なし

 (facebookより移行編集)

私の母は10年前に同居以来、2年前の入院迄は、毎月美容院へ私の仕事の都合に合わせて予約して送迎していました。
高齢の母はパーティに行くわけでもなく人に会うことも徐々に減り数年後は 殆(ほとん)どなくなりました。
年賀状も、私が代筆するようになって殆ど母宛には来なくなりました。
もっとも、同居以来年末年始は私の母を伴って南半球の温かいところで保養に勤めましたので、 その様子の写真を寒中御見舞いとして差し出すようになり、私自身への賀状も殆どなくなりました。
私の賀状と私の母の賀状を連名で兼ねるようにしましたから。
介護 介助期間は楽しく綺麗な夢のような世界に浸(ひた)っている記念写真と共に、
当然のことながら、それに至るまでの想像を遥(はる)かに超える壮絶な準備や人の機微(きび)と対峙(たいじ)する期間でもありました。
車椅子とはいえ、トイレや食事や洗面や着替えや入浴や就寝等々の一連の心や動作の事前のまたは臨機応変の対応を予測しておかなくては命の危険が伴います。
この10年間、特に地球を何周も回ったりして訪ねた異文化での人との温かい触れ合いは、
私の母のみならず 介助者の私でさえ何度も感激と感謝の涙を流したものです。
それにしても、あれだけ世界中を移動したのに、一度も転んで骨折がなかった事などなどどれを考えても、
全てが奇跡の積み重ねだったと、半年前に私の母が亡くなった今でも思っています。
それは、自分の好きなことであれば(例えが適切でないかもしれませんが)火事場の馬鹿力的な驚異的な心身能力が無意識に働くからに他ならないと今でも確信しています。
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世の中、高齢化社会という言葉が頻繁(ひんぱん)に安易に流れていますが、
例えば、 あるケアマネジャーにスロープのある美容院を尋(たず)ねても、市役所の福祉課へ尋ねては? と言われ、
市役所の福祉課へ尋ねると、そんな統計は取っていないとの事で、
私の母を乗せて車で市内を回ったりしました。
歩行困難(私の母が私たち夫婦と同居する時点で既にそういう状況でした/そういう状況になるまでは独居で過ごしたい様子(意思)でした)になると、
それなりに美容院への道のりも考えるようになりますし、
またその美容院のトイレの様子や女性スタッフの高齢者への愛情(敬意)や扱い方等々…
介護 介助の現実社会現場とメディアでの言葉の羅列(られつ)社会との乖離(かいり)を目の当たりにして、
それを克服することから始まりました。
美容院への道のりは、私の母への脳や身体へのリハビリや気分転換の機会でもありました。
そしてそれこそが、車椅子に乗せた私の母を伴っての世界介助旅行への始まりでした。
(私の妻と私の母つまり嫁と姑のお互いの時間を大切にするために、そのふたりの交互にそれぞれ年間2度のペースで異文化を訪ねる事にしました)
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介護 介助旅行の良いところは、 24時間を私の母と過ごすことがその旅行期間中継続する為に、
ショートステイやデイサービスや病院等々の介護士 介助士 リハビリの理学療法士 作業療法士 職員 看護師 医師等々のように仕事としての勤務時間帯だけの被介護者の様子よりも、
継続して一連の生活振りが分かるために、きめ細かいサポートや計測できないほどの沢山の新旧の思い出を共有させていただき、
無心に修行を続けておられる高貴な僧を連想させられるほどの新たな次元の境地にふけるように思えるからです。
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心の平和、家庭の平和、街や国の平和、世界の平和に共通するものがあるとすれば、
その第一歩、それは自分の母親との思い出の中にあるように思えてなりません。
私の母が危篤状態(きとくじょうたい)の際に、私が祈りを捧げたものがあります。
それは自室ベランダのプランタンに突然咲き誇ったオキザリスに総称される大自然界と
真夜中でも太陽光を反射させてオキザリスを照らし続ける月明かりに総称される大宇宙界、
そして私たち親子に関わった全ての人に総称される大人類界の3界に私の母の寿命を合わせて祈り続けました。
私は、かつて伊勢神宮や法隆寺等々を始め国内の神社仏閣等々を、
そして、エルサレムinイスラエル????????のイスラム教の聖地(岩のドーム)やユダヤ教の聖地(嘆きの壁)や
キリスト教三大聖地(聖墳墓教会、バチカン????????のサン・ピエトロ寺院、スペイン????????のサンチャゴ・デ・コンポステーラ)や、
仏教徒の聖地(インド????????のサルナート等々)を私の妻と訪ねて参拝させていただきました。
それなのに、私の母の寿命を祈る際は、最も身近な自然や宇宙や人々の平和に合わせての祈りの2年間でしたから不思議な気持ちです。