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末永い幸せを写真で綴る (私はこの商号が好きです)

「写真の背景に心を写したい」   

2014(平成26)8月11日(MON)(65歳)自分で一部加筆
2007(平成19)1月HPアップ時(57歳)に委託して記述

   末永写真館は、山口県で代々営業写真舘を営んでまいりました。創業以来70年以上の月日が経ちました。             

    私、末永輝清は家業の3代目を継ぐ為に末永本家の長男として待ち望まれてこの世に生を受け、そのように育てられました。

   祖父 清弌(祖母 フデ「旧姓 田村」)・父 劔(母 敦子「旧姓 小方」) が創業した末永写真舘と、私が成人後山口県美祢市美祢駅前通りの 末永写真館 美祢本館 に帰郷後の1970(昭和45)年に創業したモノクロ時代からカラー時代に対応したプロカラー現像所、ビデオプロ、等のオーナーカメラマンです。

   2006(平成18)年正月、私が56歳の時に大内文化の香りがする大内御堀地区に末永写真舘 山口新館を開館し、以来4代目が末永写真館 美祢本館を担当しております。   

   主な業務内容(美祢本館&山口新館)はスタジオ撮影はもとより、スクールアルバム、ビデオ撮影、出張撮影、ブロニー〜35ミリフィルム現像 & INS デジタル カラー現像所、カメラ・用品販売、大型ポスタープリント出力、撮影用貸衣装・バッグ・草履等小物のレンタル&再利用&販売など、写真&映像を主体とした多角的関連経営を行っています。

   創業以来、全て自社一貫制作技術の精神を受け継ぎ、4代にわたって職業を通して地域文化の向上に取り組んでいる専門会社です。

   早いもので、山口市、宇部市の大規模貸衣装&ヘアメイク&着付け付大型スタジオ・シルク館(2002H14,54歳)2店を統合して、更に進化(evolution)した本物志向の写真館を山口市の当地にご縁を頂きオープンして8年以上の歳月がたちました。

  開館以来、人生においてもまた、営業写真においても私の師匠でもある 父(末永家の長男 末永 劔)より免許皆伝と直接言い渡された時の感激や、

   プロフェショナルカラー現像所(カラー写真時代の当初は取引相手を中国5県地区の営業写真館のみを対象としてスタートして、時代と共にアマチュア写真の大量生産にも拡大した)等々の創業、そして美意識と感性を磨く為に世界の文化を妻と、ある時は家族と、又社員旅行等々で訪ねた際の感激が走馬灯の様に思い出されます。

   更に私の晩年は高齢の母と世界のリゾート地等を訪ねる旅をし、人生の機微を学びました。そして、今その私の経験と感性を生かし、写真の背景に心を写したいという思いで、写真を撮り続けています。

   試行錯誤の末、バックに入り、持ち運びに便利な、オリジナル高級写真集や、          各種(ブライダル& 成人記念& 落成記念& 自分史& 家族旅行& ? & 会社○周記念 等々)オリジナル編集によるこだわり記念写真集(86頁迄制作)も好評を頂いています。

   私が制作するので大量生産は出来ませんが、知る人ぞ知る の経営方針で私は満足しています。今は、若かりし昔に資本金1億円を目指していた流れ作業式事業形態の頃とは違った今の年齢&時代に応じた事業形態にしました。お客様が仕上がりを見られて大変喜ばれて感謝され、お礼を言われると更にその人の記録づくりを応援したくなります。

   人生の節目節目の写真を末永く最もいい形で、その家族の財産として残していただきたいと願っています。どうぞ川沿いのドライブを兼ねてお越しくださいませ。

全国でもめずらしい自社一貫制作を70年以上継続しているスタジオ

モノクロ写真からカラー写真に移行し約40年強たちます。

   カラー写真時代が到来した当時は、膨大な設備費&高度な技術力&崇高な経営理念等々が必要となり、黒白写真時代の様に自家処理は出来なくなり、全国の写真館の仕事は撮影だけとなりました。

  そんな中、末永写真館だけはプロ用フィルム現像・修整加工・プリント現像・手焼き大判プロプリントと撮影から現像まで一貫自社製作してきた特色あるスタジオです。

山口県内はもとより、全国でもめずらしい歴史を綴ってまいりました。

  さらに大型ポスタープリントやVTR企画撮影編集等においても、お客様の声をそのまま生かせる様、外注しない制作にこだわり続けています。

  館主 末永輝清は2000(平成12)年、51歳の約半年間「富士写真フイルム株式会社 」のプロスタジオ印画紙マットペーパーの開発に協力した実績があります。

   撮影からフィルム現像&ネが修整&カラープリント現像&プリント修整&仕上げ&お客様との直接の接客等々を自社で全行程を一貫して出来る写真館は皆無に等しい時代でありました。

  そんな中、全国で3社選定され最後まで協力したのは当舘だけでした。大変な苦労&ノウハウの流出等を考えるとメーカーから都合よく使われたという見方も有りますが、反省と共に業界の発展に寄与したいという大きな信念が私を支えていた様に思えます。

   私は常々、写真館に来られる方は、文化的な感性の持ち主だと感じています。写真を通して自分を見つめ直す&自分の再確認の切っ掛けを無意識に感じ取って居られる様な気がしています。

2010(平成22)9月15日(火)掲載の山口新聞「東流西流」の執筆以前より感じていたこと

   1816年(当時51歳)に世界で初めて写真撮影に成功したジョセフ・ニセフォール・ニエプス(1765〜1833/68歳)。ニエプスは自分の技術を「ヘリオグラフィ(太陽で描くの意)」と呼んだ。それから現在(2014平成26年)迄、198年。

   1829年からダゲールが協力し、光で化学反応する銀化合物の研究中に脳卒中で急死したが、10年後にダゲレオタイプ(銀板写真)となって結実。それから現在(2014年)迄でも、185年経ちました。

   写真の発明から約200年経過した今は、誰でも手軽に撮影を楽しめる時代に成りました。更に、近年飛躍的に性能を高めたデジタル映像技術の導入で写真の表現世界も大きく変化しました。

続きは後日に・・

末永 輝清の著書、たずさわった活動等の略歴

1971(昭和46)年7月(22歳)
写真集「南太平洋の泉・トラック諸島、ラグーンの人々」個人出版
福岡岩田屋、下関大丸、宇部大和等にて写真展開催               
毎日新聞の日曜日の対話欄等に取材掲載される

1980(昭和58)〜2007(平成19)31〜58歳
山口県柔道協会 美祢支部理事

1981(昭和56)〜1983(昭和58)32〜33歳
美祢市大嶺町吉則町子供会 育成会長

1982(昭和58)〜1986(昭和61)34〜37歳
山口県青少年育成 美祢地区推進委員

1984(昭和59)年度(35歳) 
(社)日本青年会議所 開発室 経営開発委員会 出向
MIAインストラクター200名中、第一号を受賞

1985(昭和60)年度
(社)日本青年会議所 政策室 先端問題委員会 出向
同3月(36歳)
「美祢地域の未来像を求めて」出版
美祢市商工会青年部 地域開発委員会、委員長兼編集長
(後に全国商工会連合会より全国表彰受賞)
第一回市民シンポジウム(美祢市商工会館大ホール)コーディネーターを務める
第二回市民シンポジウム(美祢市民会館大会議室)コーディネーターを務める

1986(昭和61)年4〜6月(37歳)
山口新聞 コラム欄 執筆「東流西流」 木曜担当、13回シリーズ 担当
掲載画像はこちら(PDF)

1987(昭和62)年4月(38歳)
「日本のJC運動・今街づくりから新しい地球システムの構築へ」出版
(社)日本青年会議所副委員長・社会開発プログラム国際化委員会第3小委員会小委員長兼編集長
JCI(世界青年会議所)アジア大会、アフリカ大会、オセアニア大会、全米大会、ヘルシンキ、アムステルダム世界大会等にてセミナーテキストに使用
3回のJCI世界大会にてパネラー[アムステルダム]・スピーカー[モントリオール&ヘルシンキ」・インストラクター[名古屋]を務める

全国の青年会議所・美祢市秋芳町別府公民館等のインストラクター・講師を務める

1988(昭和63)年7月15日(39歳)〜1998年(平成10)11月30日(49歳)
民生児童委員を務める(10年5ヶ月)

 1988(昭和63)年8月20日(39歳)
第三回市民シンポジウム(美祢市民会館大ホール他その周辺にて)
上記3回の市民シンポジウムのコーディネーターを務める
これから20年後の忘れた頃の2009平成21年春に美祢市・美祢郡は正式合併となる

1988(昭和63)年12月(39歳)
「Sun Sun(山山)フェスタ・魅力ある美祢地域にするために」出版
(社)美祢青年会議所副理事長(社会開発系委員会担当)編集長

1991(平成3)〜1992(平成4)42歳
美祢市大嶺町吉則町 町内会長

1991(平成3)〜2008(平成20)42〜59歳頃(美祢市合併前)
美祢市商工会 大嶺支部理事

1994(平成6)〜1995(平成7)45〜46歳
山口県立高等学校 PTA会長

1994(平成6)年8月28日(45歳)
母 末永敦子 随筆集「私の散歩道」自費出版
題字 父 末永 劔 表紙カバー写真 末永輝清

1996(平成8)年8月(47歳)
エジプト写真展を美祢市ににて開催
末永写真館の長男として家業を継ぎながら、(株)シルクプロカラー現像所を創業。その25周年を機に長男の久輝(当時、大阪芸大在学中)と共にシルクの社標スフィンクスや、クレオパトラを始めとする王妃がシルク(絹)を愛用している壁画等を訪ねたもの。

1997(平成9)年7〜8月(48歳)
山口新聞コラム欄執筆「東流西流」 月曜担当、6回シリーズ担当
掲載画像はこちら(PDF)

2002(平成14)〜現在 53歳〜現在
保育園 理事

2003(平成15)年7月(54歳)
美祢ロータリークラブ、第30代会長拝命

2004(平成16)年6月(55歳)
国際ロータリー第2710地区「美祢ロータリークラブ創立30周年記念誌」
美祢ロータリークラブ30周年記念誌編集委員会より出版、編集に携わる

2007(平成19)年7月(58歳)
国際ロータリー第2710地区グループ2ガバナー補佐拝命(山口県5名・広島県7名)
同期のアシスタント ガバナーの主催するインターシティミーティングへ了解を得て全て出席する。凄く感銘を受ける。

2008(平成20)年6月(59歳)
メキシコ・カリブ海にてカンクンロータリークラブ交流会実施後、米国ロサンゼルスにて国際ロータリー第99回年次大会へ参加。

2009(平成21)年6月(60歳;還暦)
英国・バーミンガムにて、国際ロータリー第100回年次大会開会式出席 
同期のロータリークラブの会長(第1回目の)&同期のガバナー補佐のKT様の突然のお誘い電話で、急遽夫婦で参加して現地で登録をする。 
  翌日(6/22)夕刻(15:30〜17:00)の東京恵比寿ロータリ−クラブによる日本のクラブとしては初の分科会へ妻と出席。
   2009 RI Convention in Birmingham Breakout Session Children At RiskーWater and Sanitationー(2009年バーミンガム国際大会 分科会 「危機下の児童ー水と衛生ー」)の隣席が、元 国際ロータリ−理事YM(防府RC)御夫妻でした。
   偶然とはいえ、地球の裏側迄来て山口県出身がお隣同士になろうとは、分科会の榊原節子委員長&パネラーぶりもさることながら、驚きでした。
   友愛の家のブースにおいても東京恵比寿クラブのアピールに触れることが出来、グローバリゼーションに於ける環境問題の深刻さに頭を悩ませました。

   山口&広島県の各ロータリークラブで卓話を務める。
主なテーマは「ロータリ−の創始者:ポール・パーシー・ハリスの足跡を訪ねて」「国際ロータリ−年次大会報告」等。
各国際ロータリ−年次大会参加 & 各地訪問 記念写真集発刊 (自分用ですが事前にご連絡いただければ美祢本館&山口新館でお見せできます)

2010(平成22)年6月(61歳)
・イスタンブール〜・ミコノス島(ギリシャ)〜・エルサレム(イスラエル)〜・ポーサイド、ギザ、ナイル河、アレキサンドリア(エジプト)〜・クレタ島(ギリシャ)           
・コリントス運河、アクアポリス(ギリシャ)〜・サンタマリア・デッレ・グラツェ聖堂の最後の晩餐(イタリアミラノ)〜・モン・サン・ミシェル & 1816年に写真撮影に成功した写真術の祖、シャロンシュルソーヌにあるニエプス博物館とヴァレンヌ村のニセフォール・ニエプス先生の墓参(フランス)

・自由の女神(リバティー島)&ブロードウエイミュージカル(ニューヨーク)〜・ホワイトハウス、リンカーン記念館、アーリントン墓地、スミソニアン博物館(ワシントン)              
・ロータリーの歴史上もっとも重要な「711ルーム」(復元)のある国際ロータリー本部16階、カムリーバンク、マウントホープ墓地(シカゴ)〜・ウオーリングフォードのポールハリス記念館他(米国バーモント州)

2010(平成22)年6月(61歳)
カナダモントリオールにて国際ロータリー・第101回年次大会へ夫婦で出席。

2010(平成22)年9〜10月(61歳)
山口新聞コラム欄執筆「東流西流」 月曜担当、9回シリーズ担当
掲載画像はこちら(PDF)

2010(平成22)年11月(61歳)
月刊誌「ロータリーの友」の友愛の広場 欄に「ロータリーの存在理由を求めて」の投稿文&写真(ロータリ−の創始者ポール・パーシー・ハリスが少年時代に過ごしたウォーリングフォードにある祖父母の家の前で私達夫婦が写ったもの)が掲載され、ロータリアンよりご意見が届く。

2011(平成23)年5月(62歳)
米国、ニューオリンズにて国際ロータリー第102回年次大会へ夫婦で出席
マイアミMiami、ジャマイカJAMAICA、ボリビアBOLIVIAのサンタクルスSNTA CRUZ DE LA SIERRA&ウユニ塩湖Salar de Uyuni & ラパスLa pasz & ティティカカ湖 L.Titicaca、サンフランシスコSAN FRANCISCO & ヨセミテ国立公園等を訪ねる

2012(平成24)年5月(63歳)
タイ、バンコクにて国際ロータリー第103回年次大会へ夫婦で出席
私が一回目の美祢ロータリークラブの会長時代の同期の会長でもあり、同期のガバナー補佐でもあるKTさんが2710地区代表幹事をされ、前年3月11日の東日本大震災の川村孫兵衛船復活や、カンボジアの子供達への支援者への協賛等にご尽力されたこともあり、その慰労会を、当事者のKTさんの意向でガバナーナイトで開催し、私はその幹事役を務めさせて頂いた。
また、同時期に同期のガバナー補佐で当日を楽しみにして居られた久行様がお亡くなりになられた日でもあった。
北京、万里の長城、香港、マカオ、カトマンズ(ネパール)、バンコク(タイ)、シェムリアップ(カンボジア)、ホーチミン(ヴェトナム)、上海等を妻と訪ねる
同年4月より国際関係学を学び始める3

2013(平成25)6月(64歳)
ポルトガル、リスボンにて国際ロータリー第104回年次大会へ参加
リスボンLISBON、列車で ポルトPORTO(ポルトガルPORTUGAL)へ、タクシーで サンティアゴ・デ・コンポステラSantiago d.Compostela、夜行列車で マドリードMADRIDへ、タクシーでトレドToledo(スペインSPAIN)を訪ねる
同年4月より国際関係学4
同年11月より友人(TK)の御陰でFACEBOOK等の操作を開始

2014(平成26)年4月(65歳)
山口市 大内御堀町内会(700世帯)の掘中班の班長兼務、 8ブロック長兼務、 副会長(総務部長兼務&みほり便りの編集も担当)
美祢市 大嶺町吉則町上1区の自治会長
友人(KI)の御陰でグローバリゼーションに於ける観光産業を学び始める 院1

2014(平成26)年5月(65歳)
美祢ロータリークラブ創立40周年記念式典挙行
シドニーでの国際ロータリー第105回年次大会は上記行事と重なった為不参加
5年越しの計画の内の一つ、家の補修工事に目処がつく。

2014(平成26)年7月31(木)〜8月2日(土)65歳
宮城県石巻市(三陸海岸)の川村孫兵衛船復活プロジェクト関連行事に参加
   萩東ロータリ−クラブ会長(MB様)初め多くのロータリアンの御陰で、石巻東ロータリークラブ会長(RT様)初め多くの方々の東日本大震災(2011,3,11)の現地のお話を漸く直接見聞きする機会を得ることが出来ました。
   又、日和山公園、石巻港の水産工場、女川地域医療センター、雄勝町庁舎跡、石巻市立 大川小学校跡地等々を訪ねることが出来、更に、復興に活気づくお祭り&花火に感銘しました。

同年8月3日(日)大学の同級生 長谷川将士さんのお陰で、数ヶ月前からアクセス出来なくなっていたHPを再開;8年越しの自主制作の目処がたつ。

写真集とスナップ写真「地球散歩シリーズ」

館主の私がまだ青年独身時代に発刊した写真集、「南太平洋の泉・トラック諸島、ラグーンの人々」をご希望の方には販売します。

43年以上もの月日を経て歴史的にも貴重な写真集となってしまいました。

また運が良ければ山口新館で次の写真集を見ることも可能です。
「地球散歩シリーズ」
両親とのドライブ編・・
義理の両親とのドライブ編・・
妻との・ロンドン&パリ&ローマ編・南米編・インド編・モロッコ編・スイス編・ニューオリンズ&マイアミ&ジャマイカ&ボリビア&サンフランシスコ編・中国&ネパール&タイ&カンボジア&ヴェトナム編・
家族&社員との・オーストラリア編(2000平成12,8シドニーオリンピックの直前;51歳)・屋久島&鹿児島編(2010平成22,8,61歳)・見島・壱岐対馬・北海道一周・高千穂峡・新宿高層ビル&富士山頂&大阪万博跡・東京筑地&はとバス・・・・・・
義母と妻の・日本横断旅行編
母との・世界一周旅行編
妻との・世界一周旅行編

世界を旅した館主の私が、訪れ各地をスナップした地球散歩のシリーズもご希望の方で運が良ければお見せすることもできるでしょう。
モロッコ、エジプト、スフィンクス、ピラミッドの夜景、ケープタウン、モーリシャス、
インド、シンガポール、クアラランプール、マチュピチュ、クスコ、アルゼンチン、イグアス、
ヘルシンキ、アムステルダム、モントリオール、ラスベガス、グランドキャニオン、ナイアガラ、メキシコ、チリ、ガラパコス諸島、エンジェルフォール、イースター島、タヒチ、ハワイ4島、
南アフリカ、ぺトラ遺跡、パナマ運河、ポルト(ポルトガル)、サンチャゴ・デ・コンポステラ(スペイン;キリスト三大聖地)、マドリード、トレド、etc各地の写真があります。印刷ではない迫力を味わってください。

左の表紙写真をクリックすると、拡大画像がご覧いただけます。

A.高齢の母を伴っての親子旅に関する講演、 B.母との世界一周写真展, C.妻との世界一周旅行写真展の開催 上記に関与することも可能です。

オベリスク

      オベリスクがたつ、夢あふれる写真館

オベリスクとは、古代エジプトで神殿の門前の両脇に立てられた石造の記念碑です。    山口新館の入り口に建てています。(玄関までの距離約40m)
柱面上部には古代エジプト文字ヒエログリフが刻んであります。

   館主末永輝清が1970(昭和45)にモノクロ時代からカラー写真時代に先駆けて創業した株式会社シルクプロカラー現像所&株式会社シルクビデオプロ等の社標スフィンクスと、クレオパトラなど古代エジプトの歴代王妃が愛用したシルク(絹)が示すよう、当時の流通大動脈シルクロードが日本に与えた文化的影響にちなんでいます。

   また目線の位置には先代の妻(館主の母 当時77歳/私は55歳)が受賞した家族に関する随筆「2004(平成16)年度 毎日新聞はがき随筆年間大賞」の作品「夜空」を刻んであります。

   この碑文は既成の文字ではなく、館主末永輝清が自ら筆を握り、自分の文字で愛情を込め、世界の家族のきずなが永遠(すえながく)にという思いを込めています。

   「末永」 い幸せを 「写真」 で綴る 「館」 として、また当館の目印になればと思い、受賞から3年後の2007(平成19)年1月(母79歳/私は57歳)に設置しました。

仁保川沿い、オベリスクの建っている写真スタジオと記憶していただければ幸いです。

駐車場有。
花と緑あふれ、夢のある写真スタジオ作りをめざしており、前庭作業に汗を流す日が続いています。

本館

すえなが写真館の 美祢本館 と 現像所 の紹介

末永写真館 美祢本館
山口県美祢市美祢駅前通り
TEL & FAX 0837-52-1723

プロカラー現像所
山口県美祢市美祢駅前通り 末永ビル
TEL 0837-53-1616