#佐渡ヶ島の百合の花に思うこと

10年前の2009年(平成21年)7月27日mondayに拉致被害者、曽我ひとみさん(50)の夫のチャールズ・ジェンキンスさん(69)が務めておられる新潟県佐渡市の土産物店で接客の仕事をしておられるところで

彼と一緒に義母と私の妻と私と4人写りの記念写真を その時の「義母 久保幸子(85歳)2度目の日本横断旅行写真集」に収めてあり、時折り眺めています。

(各種の写真集制作は私の仕事ですから、昔の写真や近年のデジタル写真がUSB等に収まったままになっている貴重な写真データをご持参されれば、86頁迄の写真集に企画 編集 修整 印刷 製本して家族や御自分の財産になります。)

その佐渡伝説資料館で球根を購入しました。

 

この10年間で末永写真舘山口新舘駐車場内の花壇を何度もデザイン変更に伴い移動&移植しているうちに、その所在があやふやになりつつありました。
 しかし佐渡ヶ島の百合の花が、その存在を まるで私に知らせるかの様に綺麗に しかもどんどん沢山順次花開いてきました。
当時の義母は85歳でした。その4年後の今から4年前の2013年(平成25年)4月亡くなりました。
人の寿命はパッと変わるものです。
この末永写真舘には彼方此方に義母の思い出が散りばめてあります。
佐渡ヶ島の百合には、佐渡ヶ島の百合の球根には感謝しています。
綺麗なだけではなく、人の絆を呼び起こしている様です。
古稀70歳を過ぎて、一昨年と昨年に遠方の愛知県名古屋市と兵庫県明石市等から3人の旧友(男性)がそれぞれ死ぬ迄に会っておきたいと訪ねて来てくださいました。
その時、私が死ぬ迄に会っておきたい人の中にいる女性との再会はいけないのだろうか?っと思いました。
今月は、そのうちの1人Si.Kaさんに 30年振りに還暦誕生日の花を贈ったその日に その時空を超えて30年振りに電話の続きを話す事が出来ました。
そしてもう1人は大阪での学生時代にモデルさんとして出会った吉田恵子さんという名前しか分からない人。
今、50年間の時空を超えて半世紀振りにその人の消息を必死に探しています。
民生委員 児童委員の任務を通して他人の御母さんを30歳後半から10.5年間程 看させて頂くということがあったからこそ、
後年、せめて身内である義母と自分の母親の晩年の介護 介助だけは全うしたいという思いで たったの10年間でしたが 看させて頂けることに繋がりました。
そういった人間の生き方やそれぞれの寿命と対峙しながら感じたことを通して
私のこれ迄の人生の絆について心に残る人の消息を確認したいという思いに至りました
それは #人としての絆に対する心の姿勢の在り方だと思っています
photography:山口市 末永写真舘の駐車場内に「私の世界観」を表現制作しているテーマパークモニュメント群。
車椅子生活になった私の母親との世界一周介助旅行の聖地
パワースポットでのロケーションフォト等の撮影御予約を賜ります。但し、未だ数ヶ月間はかかりそうです。
その中のメインとも言えるモニュメントベルサイユ輝きのそばの花壇に咲き誇っている、10年前にその球根を植えた佐渡ヶ島の百合の花です。
2019年(令和元年)6月22日Saturday.17:08.