プロフィール写真の解説(2017/5/21sun)

投稿日時:2017年05月21日  カテゴリー:自分史  タグ:なし

【現在のプロフィール写真】は、末永写真舘玄関から40mの距離の場所にある専用駐車場入口に建立されたオベリスクの基礎石の前での写真です。

このプロフィール写真は末永写真舘三代目館主の末永輝清68歳と看板犬パピヨンのレオ10歳です。

この石碑には、今から13年前(私の母が77歳の頃)の2004年(平成16年)度 毎日新聞はがき随筆大賞受賞作品「夜空」が彫ってあります。当時の私は56歳の頃でした。

その作品の文字を彫るに当たって、当時打ち合わせの際に石材店さんより既製品の文字よりも私の自筆の方が心がこもって良いと勧められました。

私は勧められるままに、原寸大の用紙に書いた思い出があります。

結果的に永遠にこの石碑に母の「夜空」という大賞作品と共に記録されることになりました。

2007年(平成19年)1月建立。(当時の私の母は79歳、私は57歳)

気が付けば、このオベリスクはレオの年齢と同じ10年が既に経過していました。

現在の母は89歳、私は68歳になりました。

母が昨年9月15日thursdayに緊急入院以来本日で249日目(あれから216日目、それから167日目)、転院以来77日目を迎えました。

私はほぼ毎日「68年前に私をこの世に誕生させていただいて感謝しています。有難う御座います。」っと病床の母にお礼をいってきました。

私の従兄弟(母の姉の長男夫婦)の勧めもあって、母と同居を2007年(平成19年:母は80歳,私は58歳)に始めて以来、2015年(平成27年:母は87歳,私は65歳)の年末年始をワイキキ(ハワイ諸島オアフ島)で車椅子で過ごすまで、母を伴って世界一周旅行を2度をはじめ嘗て母が父と10年かけて世界中の先進国を訪ねた頃を思い出す父との追憶の旅を続けてきました。

そんな母との約束は、嘗ての金さん銀さんのように100歳まで健康寿命を追求する姿勢を諦めないことでした。母の命のキーパーソンとしての使命を全うしたいと思っています。

この石碑に彫られた母の随筆作品「夜空」は、私にその勇気を与えてくださる神のような存在に思えます。

2017年(平成29年)5月21日sunday.晴れ。